2016年07月30日

モノ・コト市のご紹介

 明日、多摩市で「モノ・コト市」が開催されます。
先日、主催者の一人である中西さんからお知らせメールが届きました。
今回で21回目の開催だそうです。
初めて中西さんがゆめ工房にやってきたのが、2011年の夏でした。
当時、多摩市唐木田にある「エコにこセンター」で販売していた
ゆめ工房製品を見て、取引をさせてくれないかとやってきたのです。
ギャラリーの製品を手に取って「商材」と表現し、臆することなく
取引条件を提示してきた彼女に、なんだかすごい人がやってきたなと
驚いたことを覚えています。
これを機に「バターナイフ」や「シュシュ」、
「木のおもちゃ」や「布ぞうり」などのゆめ工房製品を
取り扱っていただきました。
ネット通販やフェス、アースデイへの出店など、
一人でグングン進んでいく彼女はフットワークが軽く、
面白いことをキャッチする嗅覚に秀でています。
彼女のバイタリティに魅了された人を巻き込んで、
この「モノ・コト市」が21回も続いているのかもしれません。
 ゆめ工房も5年前、「モノ・コト市」にお邪魔して、中西さんから
コミュニケーションデザイナーの加藤さんを紹介されました。
加藤さんとの出会いが今のロゴデザインやキャッチコピーの誕生に
つながっています。

「モノ・コト市」は個人の作家さんや店主が集う、まさに「市」です。
毎回多彩な企画で、特に小さなお子さん連れの女性に好評です。
5年前、初めて「モノ・コト市」を訪れたとき、
若いファミリーが多くて驚きました。
子どもができてもカフェでお茶をしたり、
雑貨を手に取って胸をときめかしたりしたいですものね。
今回は、「ゆめ工房まつり」にも出店いただいている
相原のオーダー家具屋さん、「くうちん工房」さんも
出店されます。
梅雨明け最初の日曜日、ぜひ足をお運びください。

日時 2016年7月31日(日)
場所 かしのき保育園(多摩市諏訪)
   10:30から16:30
主催 モノ・コト企画
夕焼けランプライブ 13:30から13:50
内容 木のおもちゃ、絵本、自家製天然酵母パン、自家製ポップコーン、カレー、ワイン、
   竹布商品、オリジナル雑貨、マッサージ、ワークショップ各種など








posted by machidayumekoubou at 12:16| * Informathion | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

とっておきの音楽祭告知

 首都圏では初めてとなる「とっておきの音楽祭」が
ゆめ工房のある町田で開催されます。
実行委員の中には、お世話になっている市議さんも名前を連ねています。
 ここに開催趣意書を転載します。

 とっておきの音楽祭 in Machida 開催趣意書
 とっておきの音楽祭は、障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しみ、
音楽のチカラで「心のバリアフリー」を目指す音楽祭です。
 とっておきの音楽祭は、2001年仙台での第1回開催から、皆様の
思い思いの演奏歌声・ダンスなど様々な「チカラ」を表現。
それぞれの想いのこもったステージを全国各地で提供し継続しています。
「とっておきの音楽祭実行委員会SENDAI」のご協力のもと、首都圏では
初めての開催を目指すものです。町田での名称は『とっておきの音楽祭
 in Machida』です。とっておきの音楽祭には社会を変えていく「チカラ」
があると信じています。人と笑顔と音楽そして感動に満ちた、さらに魅力あふれる
バリアフリー音楽祭の町田開催を参加者の皆様と共に創っていきます。

『とっておきの』は、VERY SPECIAL
とっておきの音楽祭の「とっておきの」とはVERY SPECIAL
(べりー・スペシャル)の訳です。
一人一人がかけがえのない存在であり、音楽のチカラであらゆる個性が
輝いてほしいという強い願いが込められています。

心のバリアだけでなく建物のバリアも
心のバリアだけでなく建物のバリアフリーを目指します。
ステージは町田市中心部の商店街や公園、公共スペースで行います。

合言葉は「みんなちがって みんないい」
(金子みすゞ「私と小鳥とすずと」より)
 姿、形も生き方も考え方も能力も、それぞれみんな違います。
それぞれが違うことをお互いに認めあい、それを尊重すること。
それが心のバリアフリーにつながるのではないでしょうか。
とっておきの音楽祭では、「みんなちがって みんないい」と
大切な合い言葉にしています。開催される『とっておきの音楽祭
in Machida』では、その合い言葉を実感できる場所であり時間です。

歴史的な流れ
 第35代アメリカ大統領 ジョン・F・ケネディ(JFK)の妹である
ローズマリーケネディは知的障がいがあったこともあり、ケネディ家は
支援活動に様々関わっている。1960年代には、JFKの妹のユーニスが
関わってスペシャルオリンピックスが立ち上げられ、1974年からは、
JFKの妹のジーンが障害者の芸術活動を推進する「Very Special
Arts」(VSA)活動を始めた。1989年には、アメリカ、ワシントンD.C
において、VSAによって国際的な障害者芸術祭「Very Special Arts
Festival」(VSAF)が初めて開催された。以来、世界各地で同様のイベントが
開催されている。

posted by machidayumekoubou at 21:09| * Informathion | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月26日という日

 怒り  不安  恐れ  憤り・・・。
 様々な思いと言葉が脳裏を過ぎる中、自分達は「いま何をすべきか」を問うてみる。

 普段と何も変わらない日々を、利用者の方へ提供すること。
 そして、それを継続させること。

 私は支援員として、7月26日という衝撃を受け入れる。しかし、揺らがない。
 目前の支援を必要としている人のために、支援員を続けていく。
 間違っていないという確信と共に。

                               by K
posted by machidayumekoubou at 20:34| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「T4作戦」を知っていますか?

 昨日の職員会議では週の初めに起きた
「津久井やまゆり園」の殺傷事件について
現時点でのそれぞれの思いを出し合いました。
実は8月に、ナチスドイツが行った
「T4作戦」(障害者安楽死プログラム)についての
学習会を行う予定でした。
今回の事件の容疑者Uの思想はナチスのそれと
重なるところが多々あります。

「T4作戦」については昨年NHKで特集が組まれたので
ご覧になった方もおられるかと思います。
昨年の「きょうされん」機関紙で取り上げられた記事が
分かりやすかったので、転載します。

時論会説 「T4作戦」がいまに問うもの
        きょうされん副理事長 斎藤なを子氏
 戦後70年をむかえたこの8月、
ナチスドイツ下でおこなわれていた障害者安楽死プログラム
「T4作戦」のことが、日本ではじめて本格的に
テレビ番組で取り上げられ、その事実が多くの人たちに
知られることとなりました。(NHK・EテレのハートネットTV
「ナチスに迫害された障害者たち」)。
 「T4作戦」とは、第二次世界大戦が開始された1939年9月
1日付のヒトラー命令文書により、精神障害者や知的障害者に対して
実行された大量抹殺のことです。
障害のある人はドイツ全土から「灰色のバス」で安楽死専用の
6ヵ所の精神科病院や障害者施設に集められガス室で殺りくされ、
1941年8月24日の中止命令まで約7万人が犠牲となりました。
この「T4作戦」で培われた殺害方法や人的組織はユダヤ人絶滅収容所
での大量虐殺、いわゆるホロコーストにつながっていきました(なお、
障害者安楽死は非公式な第2段階として終戦まで続けられドイツ全土で
さらに約13万人、欧州全土で役10万人、総計約30万人におよぶ
犠牲者がうみ出されました)。
「生きるに値しない命」はあざけりの対象となるよりも、命に休止符を
打つことの方が人間の慈悲にかなう、これが「T4作戦」のもととなる
考え方でした。人間を障害の有る無しや人種などを基準にして優劣をつけ、
優秀な者にのみその存在価値を認めるという思想とも重なっています。
また、ナチスドイツのプロパガンダ(宣伝活動)では「今あなたが
支えている遺伝病患者は60歳になるまでに5万ライヒスマルクもかかる
のですよ」「この費用でどれほどの健康な人々が家を買えるでしょうか」と、
障害のある人がコストのかかる「社会のお荷物」として国民の目に映るような
ポスター映画が大量につくられました。
「T4作戦」は果たして遠い過去の話、遠い国の話なのでしょうか。
まさに今の日本の憲法9条と25条をめぐる問題と地つづきのものでは
ないでしょうか。差別や虐待をなくし、他の者との平等とわけへだてない
社会をめざす障害者権利条約をめぐる問題と地つづきのものではないで
しょうか。出生前診断や臓器移植、尊厳死をめぐる問題や、わたしたちの
日々の実践現場においても・・・。
 みんなで集まってテレビの録画を視聴して感想を出し合うなど、
「T4作戦」がいまに問うものを学び合うとりくみが、各地で少しずつ
始まりつつあります。ぜひみなさんの地域や事業所でも考え合ってみませんか。
「灰色のバス」を二度と走らせることのない、平和で誰もが安心して
生きられる社会にしていくために。 
                  2015年10月21日発行 
                  月刊きょうされんTOMO NO.427より








posted by machidayumekoubou at 20:28| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

青空

 「青 空」
  作詞・作曲:真島昌利 歌:THE BLUE HEARTS

  ブラウン管の向こう側
  カッコつけた騎兵隊が
  インディアンを撃ち倒した
  ピカピカに光った銃で
  できれば僕の憂うつを
  撃ち倒してくれればよかったのに
 
  神様にワイロを贈り
  天国へのパスポートを
  ねだるなんて本気なのか?
  誠実さのかけらもなく
  笑っている奴がいるよ
  隠しているその手を見せてみろよ
 
  生まれた所や皮膚や目の色で
  いったいこの僕の何がわかるというのだろう
  運転手さんそのバスに
  僕も乗っけてくれないか
  行き先ならどこでもいい
  こんなはずじゃなかっただろ?
  歴史が僕を問い詰める 
  まぶしいほど青い空の真下で
  
  青い空の真下で
  青い空の真下で
  青い空の 青い空の
  

 この歌を知っていますか?
 ブルーハーツというパンクバンドが1989年にリリースした曲です。
 「津久井やまゆり園」の事件以来、
 無性に聴きたくなった大好きな曲です。

 音楽と障がいのある人たちの世界は
 親和性が高いことを知っていますか?
 一番の共通点は、
 人を経歴や肩書、属性で選別しないことです。
 そして、他者との関係を上下や優劣で見ないところです。
 「違い」がリスペクトされ、
 異質なもの同士の混ざり合いから生まれる偶然の産物を
 面白がり、認め合えるところです。
 音楽に国境がないように、
 彼らの世界に壁はありません。
 いつでも、誰にでもウエルカムなのが、
 彼らです。
 
 10月、ゆめ工房のある町田では
 障がいのある人とない人が共に肩を組む、
「とっておきの音楽祭」が
 開催されるそうです。

 詳細が分かり次第、順次お知らせしていきます。
 
 
 
 
 




  
posted by machidayumekoubou at 21:40| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゆめ工房の巾着袋

 利用者のユーゴさんが巾着袋のPR文章を書いてくれました。
頭を使う作業ですが、いつになく集中して取り組んでいます。
時々自分の周辺の出来事について思いを巡らすことは
脳の刺激にもなるようです。
 ユーゴさんの鉛筆書きの文字は以前に比べてしっかりし、
漢字が増えた印象を受けます。
筆圧も強くなり、とても味のある字になっています。
これはリハビリを続けてきた成果なのでしょうか。
何だかうれしくなりました。

 「ゆめ工房の巾着袋」
 ゆめ工房では巾着袋を作っていて、その1つの工程で
 木の枝で留め具を作っています。
 木の枝は庭に生えている木を切って作ったものです。
 (留め具は)切りっぱなしだと手にトゲが刺さって
 痛いので、そのトゲを取り除いて安全に使えるように
 私たちが購入者のことを考え、やすりをかけています。
 留め具があれば、ヒモのはじも一目で分かりやすいし、
 両端の木の留め具を引っ張ると袋がしまって
 中身が落ちません。
 この商品は600円でリバーシブルです。
 これだけの機能と手間を考えると600円というのは
 お買い得です。
posted by machidayumekoubou at 15:21| * Informathion | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「どんな時に嬉しいと感じますか?」

  今年の夏も、地元の相原小学校から6年生の生徒さんが
 ゆめ工房にやってきました。
 授業の一環で、地域にある事業所の「職業調べ」を
 しているのだそうです。
 「どうしてこの仕事に就いたのですか?」
 毎年される質問です。
 「こんな世界があるとは知らなかったからです」
 と答えるとかすかに首をかしげています。
 そこでもう少し言葉を足します。
 「ゆめ工房のような場所があることを知って、
 ボランティアをしてみたら楽しくて面白かったので、
 障がいのある人たちのいいところを世の中に広めたくて
 この仕事に就きました」
 
 生徒さんの質問が続きます。
 「この仕事をしていてつらいと思ったことはありますか?」
 「ないですねぇ。
  大変なことはありますけど、つらいと思ったことはないです。
  人間相手の仕事というのは、
  利用者さんとの関係よりもむしろ、
  同僚の職員との人間関係に悩まされることの方が
  多いものなんですよ。」
  あまりピンときていないようです。

 「どんな時に嬉しいと感じますか?」
 「心が通い合った時ですね。
  利用者さんの笑顔に元気をもらっています。」
  こういう回答は分かりやすかったようで、
  うなずいています。
 
 「この仕事の魅力はなんですか?」
 「本音で付き合えることですかね」
  生徒さんの頭の上を?マークが飛んでいます。
  別の言い方を試みます。
 「障がいのある人たちは裏表がなく正直です。
  それに他人を陥れたりすることがありません。
  いつもニコニコ天使の笑顔ということではなくて
  怒ったりすることもあります。
  けれど自分を取り繕ったり、
  相手を踏みつけてまで優位に立とうとしたり
  することがありません。
  職員をありのまま受け入れてくれます。」
  熱が入るあまり、だんだん話が難しくなってきます。
  ああそうか、子どもたちにはまだ
  「世渡りで苦労する実感」がないのです。
  本音で付き合える気楽さを理解してもらうのが難しい。
  「とにかく、利用者さんと一緒にいると気持ちが楽になるんです。
   そして毎日笑って仕事ができるところが、
   この仕事の魅力です。」
  将来、この仕事が子どもたちの選択肢のひとつになるように、
  祈りながら言葉を選びました。
  
  「津久井やまゆり園」の殺傷事件を知ったあの日の子どもたちは
  どんな想いでこの事件を見つめているのでしょうか?

  命の価値は生産性で決まるものではありません。
  
   「職業インタビュー」を終えた生徒さんたちが利用者さんに混じって
  作業を体験します。
  1時間ほどの短い時間ですが、多くのことを吸収していきます。
  最後に体験の振り返りをします。
  一人一人に心に残ったエピソードを聞くと
  「話しかけられて嬉しかった」
  「しゃべれない利用者さんが、目で合図してくれた」
  といった感想が毎年聞かれます。
  子どもたちは相手と心を通わす手段を、
  利用者さん同士のやりとりや、
  利用者さんと職員のやりとりを間近に見ることで
  知ります。

  そして利用者さんに受け入れられた経験が、
  子どもたちの意識を変えていきます。
  手伝ってあげようという気持ちでやってきた子どもたちが
  障がいのある人たちが無力で弱いだけの存在ではないことを
  感覚的につかんでいくのです。
  何かをしてあげようという気持ちが、
  「利用者さんから笑顔や気遣いをもらえて嬉しい」
  という気持ちに変化をするのです。

  言葉での意思疎通ができなくても自分の要求を、
  堂々と通している利用者のヤノさん。
  手のひらを相手に差し向けるだけで相手と会話するヨーコさん。
  短い発語と視線、指さしだけで自在に話しかけてくるマサユキさん。
  自分の気持ちや考えを言葉にし、
  理路整然と述べることを要求される昨今、
  利用者さんのコミュニケーションの取り方は子どもたちに
  違う世界があることを教えてくれます。
  世界はたった一つの価値観でできているのではないことを
  教えてくれます。
   
  忘れられない一言があります。
  子どもたちになるべく伝えている言葉です。
  かつて、地元の町会さんの協力で設立されたゆめ工房です。
  設立20周年記念式典の席で当時の相原連合町会長さんが
  こんな言葉を贈ってくださいました。
  「ゆめ工房は相原になくてはならない存在です。」
  子どもたちが地域の中で障がいのある人の存在を感じながら
  成長していくことは、必ず人生の糧になるという意味で
  話してくださったのです。
  この言葉が今でも私の支えになっています。
  
  障がいのある方が大切にされる社会は、
  どんな人にも優しい社会です。
  そう信じて仕事を続けています。
  
  その人の未来は、 
  その人自身の手の中に。
  未来は一人一人の手の中に。
  
  
 
  
  
  

  
  
  
  

  
  

  
  
  
 
  、
  
  
  
 

 
 
posted by machidayumekoubou at 08:03| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

多様性

 午後からピアノの演奏ボランティアを希望されたTさんが
来訪されました。
先週の堺市民センター販売で声をかけてくださった女性です。
今日初めて工房を訪れ、週1回の演奏をしてくださることに
なりました。
 
 夕方、桜美林高校PTAのYさんからお電話をいただきました。
今年の文化祭でもゆめ工房製品の販売を依頼されました。
またパウンドケーキも喫茶メニューに加えてくださるそうです。
去年よりも数量を増やしての買い取り注文です。
昨日の津久井の事件を知ってからずっと緊張が続いていたためか、
久しぶりにお聞きするYさんの張りのあるお声に、
気持ちが緩んでくるのが分かりました。

TさんやYさんが今日来訪されたり、
お電話をくださったのは、
偶然なのかもしれません。
それでも、それぞれの思いや気遣いが嬉しかったです。

「津久井やまゆり園」の殺傷事件以来、
障がいのある方の存在を不幸とみなす思想を突き付けられ、
かなり傷ついていたのですが、
普段と変わらない態度で応援してくださる方々によって、
気持ちが少し楽になりました。
 
利用者さんと共に活動し、
心を通わす中で育くまれた私の思想は
「お互いさま」と「多様性万歳!!」です。

これからもこのブログを通して、
利用者さんとの面白おかしい日々を
発信していきたいと思います。










posted by machidayumekoubou at 00:29| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

津久井やまゆり園のこと

 昨朝、津久井の事件を知ってから、胸がざわついています。
津久井といえば、「津久井養護学校」と縁があり、
先月もこちらの学校の生徒さんが
実習でゆめ工房にきていました。
事件のあった施設に面識はないものの、
真っ先に学校の先生方の顔が浮かびました。
この事件を津久井の関係者の方々はどんな思いで
受け止めているのでしょうか。

 私自身、昨日から気が張っており、焦燥感すら覚えます。
何よりもショックだったのは、事件を起こしたUが
襲撃した施設の元職員だったことです。
自分と同じ立場の職員が起こした事件に、
驚きと衝撃で身体が震えます。

 Uの衆院議長に宛てた手紙が公開されました。
お読みになりましたか?
読み返すたびに暗たんたる気持ちになります。
ゆめ工房の利用者さんや施設職員である自分の存在を
否定されたような気分です。

事件の全容が明らかになるにつれ、
これは憎しみによる衝動的な犯行ではなく、
歪んだ認知からくる計画的で確信的な犯行であることが
分かってきました。

重度の障がいのある人たちと日々過ごす中で、
感じること、思うことは多々あったのでしょう。
生気の欠けた目で働かざるを得ない職員の労働環境や
疲れ切った保護者に思いを馳せるのは自然なことです。

けれど居ても立っても居られない思いで起こした行動が
なぜ障がいのある人たちの殺傷なのでしょう?
Uが問うべきは、彼らの命のあり方ではなく、
この国のあり方なのではないでしょうか?

衆院議長に宛てた手紙には、
戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、
多くの憎しみを生む・・・と記されていました。
しかしUによって殺められた入居者の方々にも
未来がありました。
そのかけがえのない未来を奪ったのが、
見覚えのある元職員だと知った時の彼らの驚きと哀しみは
どれほどのものだったことでしょう。
 
 怒りなのか、哀しみなのか、
気持ちの整理がつかないまま涙が出てきます。














posted by machidayumekoubou at 23:15| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

被災地支援から戻って

 今週、熊本から戻ってきた職員の現地報告です。

 九州熊本震災より早3か月。
私は7月3日から7月9日までの1週間、被災地支援に行ってきました。
私にとっては被災地に足を踏み入れること自体、初めての経験でした。
まず鳥肌が立ったこと、それは飛行機の窓から見た光景です。
一面ブルーシートで覆われた一種異様な光景。
空港に着くと蒸し暑く、常設トイレが少なく仮設が目立ちました。
空港から乗ったタクシーのドライバーは被災者でした。
前述のシートの話を彼にすると
「家屋があるだけ良い」といいます。
また、車中泊と資金の目途が立たない現状を聞き、
復興などという言葉は遠く感じてしまいました。
 現地では、被害の著しい益城町と隣接している熊本市にある
福祉センターを活動拠点とし、宿泊も兼ねていました。
決して良いアメニティケアはなく、ほとんどのスタッフがストレスを
感じていました。
猛暑の中、土地勘のない者が車を走らせ、支援に必要である情報の少ない中で
障がい当事者と接見する。すべて流されてしまった東北では贅沢な話でしょうが、
支援する側のケアにもう少し配慮が必要な現状を痛感しました。

 支援業務は、被災によるニーズ調査、生活再建相談、利用可能サービスの情報提供という
専門的なことから、家の片づけ、ごみ処理、引越、入浴介助、新居物件探しなどなど、
多岐に渡りました。当事者の相談などは傾聴し、訴えを受け入れ助言などをして
着地点を決めていきます。困難なものもありますが、これは福祉職であれば分野内です。
しかし、ごみ処理や引越などに福祉専門職は適任ではないはずです。
被災による支援は何をどこまで行うことなのか。
その答えは、何回目かの現場で気づかされました。
自身では障がい者だと思っていない当事者が、困り果てた末SOSの連絡を入れてくる。
生活を再建させるための必要最低限な罹災証明の手続きを行っていない。
さらには、制度自体を知らないことも。
皮肉ですが、福祉とつながっていない人が、震災をきっかけに表出される。
これがあるから「何でも屋」を店じまいできないのです。
 
 今回の震災、不謹慎と思われるかもしれませんが、
私にとって良い経験となりました。
支援の中で、自身とは異なるものの捉え方や気づきをする人、
被災者の本音。
気持ちに寄り添い傾聴することの重要性を改めて考えさせられたことなど、
頭では整理することが容易でないほど、プラス作用が多くありました。
 障がい者が被災するということは、障がいを持たないそれとはまったく別物です。
また、支援も容易ではありません。
当事者自身が「困っていることに気づけないこと」これが最も問題だと思われます。
支援から戻り、被災地から離れた今、私の被災地支援は多くの人に
「震災は終焉していない」という事実を広める役割だと考えます。
 最後に、1週間も都合をつけてもらい、快く送り出してくれた「ゆめ工房の職員」、
現地でチームを組んだ「支援スタッフ」に感謝いたします。
ありがとうございました。
posted by machidayumekoubou at 16:49| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

益城から戻ってきました。

 5月17日付けの熊本支援センターニュース「火の国がんば」
by 日本障害フォーラム(JDF)熊本支援センターから抜粋します。

 JDF熊本支援センター始動・・・障害ある人のもとへ支援の手を!!
「熊本地震」の発生を受け、日本障害フォーラム(JDF)災害総合支援本部は、
「JDF熊本支援センター」を立ち上げました。相次ぐ余震に、家に帰れない人も多い中、
障害のある人たちがどのような生活を送っているのか、その全体像はいまだ把握できていません。
JDFは東北の震災支援の経験も活かしながら、障害のある人たちが1日も早く元の生活に
戻れるように支援していきたいと思います。
 当面のJDFの支援は以下の3点です。
多くの加盟団体から支援者の派遣を行っていただくようお願いいたします。
 @ 障害者の被災状況やニーズ把握の調査
 A 障害者の救援、支援事業所の支援
 B その他(連絡調整や事務所作業等)

ということで、ゆめ工房からは職員Kが被災地に行ってまいりました。
7月2日から1週間の滞在で、本日無事出勤してきました。
今日は午後の作業を早めに切り上げ、現地の写真を見ながら報告を聞きました。
「熊本の復興は進んでいません。ニュースになることが減りましたが、
 まだまだ支援が必要です。ぜひ、今日聞いた話を家族や知人にしてあげて
 ください。現地の状況を発信していくことが被災地支援から戻ってきた職員の
 役割だと思います」とのKの言葉が印象的でした。
 


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堺市民センターまつりに出店しました。

 今年も、地元市民センターのおまつりに出店しました。
今回は利用者ヨーゴさんの販売レポートです。
作業の一環として本日仕上げてもらいました。
ポイントを押さえて書くことに苦労していたようですが、
本人と担当者のねばりで祭りの余韻のあるうちに
アップすることができました。手書きの文字を修正なしで
掲載しますのでご了承ください。

 堺市民センターで堺市民センター祭りが7月2日(土)と
3日(日)に行われました。この祭は年に1度の祭りで
相原で活動している団体が参加してます。
ギャラリーで販売している団体やステージで出し物や
マーケットも出てました。
この祭りは、年に1度の活動の成果の発表の場所です。
3日(日)に茶道サークル 静日会の協力でお茶をたてて
もらいました。
ステージでは3日(日)に行われた相原レクダンスが
母が出てるので印象強かったです。
あと販売してる時に消防してる友人が会いにきてくれて
なつかしかったです。
 レポーター:ヨーゴ
posted by machidayumekoubou at 16:08| * Episord | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする