< ラスト ソング >
「想像ラジオ」(いとうせいこう著 河出書房新社刊)を読みました。
刊行当時、東日本大震災を背景に、生者と死者の新たな関係を描き出した≠ニ話題になった本です。
物語の主人公は「想像ラジオ」のDJアーク。彼が「想像」という電波を使い人々に番組を届けるという話です。
冒頭、海沿いの町を見下ろす杉の樹上から彼の軽快な声が聴こえてきます。リスナーからのメールを読み上げその内容に沿う曲を流すのです。彼は陽気によく喋るのですが、徐々に彼の身辺で起きたことが明らかになり、「軽快さ」が痛みを帯びてきます。
(この人はいつまで木の上から放送を続けるのだろう?)と怪訝に思ったところで気づきました。そうか、彼をここまで押し上げたのは、津波だったのか…と。寒空の下、重機の届かない高さに仰向けで引っかかる彼の姿が浮かびました。彼自身、自分の状況を把握しておらず、リスナーとのやり取りで少しずつ事実を受け入れていきます。気がかりなのは妻子の安否です。
小説では、登場人物の言葉を借りて「悲しみは共振できる」ことが繰り返し述べられています。
< 亡くなった人が無言であの世に行ったと思うなよ >
<アークさん、物わかりよくあの世に行く必要なんてないんです >
< 亡くなった人の悔しさや恐ろしさや心残りやらに耳を傾けようとしないならば、
ウチらの行動はうすっぺらいもんになってしまうんじゃないか >
物語の最後、最愛の家族の声を聴くことができたアークはリスナーに語りかけます。
想像しよう。聴きたい声を聴こう。僕だっていつでも戻ってくる。
語りかけるし、話を聴く。その声に必ず耳を澄まして欲しい、リスナーたちよ。
そして、番組の最後にアークが選んだ曲は「リデンプション・ソング」(救いの歌)でした。
ボブ・マーリーのラストアルバムの一番最後に収められた曲です。
♪ 一緒に歌ってくれないか / この自由の歌を / だって俺にあるのはこれだけ / 救いの歌だけ
今年3月、ゆめ工房の元ボランティアさんで、法人監事でもあった方がお亡くなりになりました。
昨年の春、お会いした時にはお元気でしたので、いまだに信じられません。
多くの花に囲まれた遺影は、見覚えのある柔らかい満面の笑顔でした。
ご自宅の写真立てには、長崎の夜景をバックにしてご家族と笑う姿がありました。
その写真を眺めながら、あぁ、この方は私たちにも、ご家族と同じ笑顔で接してくれていたのだな、
と思ったら、鼻の奥にツンとした痛みが走りました。
ご冥福を心よりお祈り致します。
施設長 佐々木志穂